HITOSAJI

小さな南の島からくらしのひとさじ

夜空が教えてくれること

 

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ずっと南西から吹いていたハバガットがようやく落ち着き、北西の風アミハンへ変わりだした。

当時、私の仮住まいであったお客さま用の高床式のロッジには風がなくなり、ブンブンと蚊が大量に押し寄せてきた。蚊帳は閉じ込められているような感覚がどうも性に合わず、夜はポントグで寝ることとした。バニッグと呼ばれる島民手作りのゴザを抱えてポントグに行ってみると、驚くほど心地よい風がそよそよと吹いた。

三角の形をしたポントグの真ん中にバニッグを敷いて、その上に寝転がった。久々に寝転がるポントグは、砂が堅めのクッションのようで、小さな砂粒が全身を刺激してくれている。すごく心地がよかった。ダブルベットサイズほどあるバニックを広々と広げると、愛犬のアシャンティやワンタたちがはしゃいだ。バニッグに砂が上がってしまい、それをはたくと余計に犬たちが楽しくなってしまい、夜のポントグでしばらくはしゃいでしまった。ひとしきり遊んだあと、寝転がり、ブランケットを被った。

少しひんやりとした風が優しく吹いていて、ブランケットを被るぐらいがちょうどよい気候だった。海が満ちていく小さな波の音だけが静寂の中で聞こえてくる。海水がもう足先まで来ているような錯覚を起こす。もうすぐ満月になりそうな、少しぷっくりとした月が眩しいほどポントグを照らしていた。電気よりも明るいような月の明るさに、ブランケットを頭から被って眠った。ツブ、ワンタ、アシャンティもそばで丸くなって眠った。


しばらく寝たかと思うと、敏感なツブが他の犬の侵入に気が付き、バウバウと吠え、追いかけたりして目が覚めた。三度程、目が覚め、その度に月を眺めた。眺めた月は、時間が経つごとに見事に位置を変えていた。自然のプラネタリウムだ。

寝る頃は北方面の天高く位置していた月が、次は北東へ、その次はもう東の空あたりに沈みかかっている。最初は90度ぐらいの位置、次は120度、次は150度…分度器で計測されたように、正しい位置へと動いている。最後に目を覚ましたときは月が沈んでいた。記憶の中で月の足取りを辿りながら、月が姿を消した後に現れる満点の夜空の輝きに思わず、「わ~!」という声がでた。星は自分たち以上に明るい存在が去った後、この時を待っていたかのように、暗闇の中の美しい宝石のように輝きを放っていた。こんなにも美しい星空を日本のみんなにも見せてあげたいなぁ。とつくづく思った。

考えてみると、月が夜空に輝いていても、いなくても、星は同じように毎日輝いている。しかし、厚い雲が覆いかぶさっていたり、近くにいる月が煌々と輝いているために、星の輝きが隠されてしまうことがある。人間だって同じだ。それぞれみな、とても美しく輝いている。でも、周りの環境に影響されて、その輝きを失っているように見えたり、隠されているように感じることがある。そんなことはないのだ。自分や周りのみんなは、いつも美しく輝いているのだ。そこになんの隔たりも区別もない。誰かが輝いていて、誰かが輝いていないことなんてない。自分の輝きも他人の輝きも同じ輝きなのだ。

一夜を過ごして、カオハガン島の夜空はそんなことを教えてくれた。この大きな自然が教えてくれる法則は人間にピタリと当てはまる。まさに真理である。人間は、自然から教わることがたくさんある。注意して見ていないと、自然はなんにも言わずに黙って私たちを見捨ててしまうだろう。カオハガン島の心地よさ、自然と一体になるには、自然と仲良くしなければならない。私はまだその入り口にいるのだ。